新緑の日本三大渓谷「大杉谷」を歩く

池澤です。晴天の五月、杉浦塾長と大杉谷を歩いてきました。

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春の奥能登

各地で桜の開花宣言がされる3月下旬、春の花を求めて能登へ向かう。
オオミスミソウの群生地がある猿山岬を訪ねる旅だ。

渚ドライブウェイ

金沢からは無料通行となった「のと里山海道」に入り、今浜インターで下りて
「千里浜なぎさドライブウェイ」を走った。

この海岸の砂は一粒一粒が海水を含んで引き締まり、4WD車でなくても自転車から
大型バスまで砂に埋もれることなく走行することが出来る。

渚のカモメ

快晴の空にまっすぐ描かれた水平線、そしてどこまでも続く海岸線。
注がれる春の光は明るく、海の風は眠っていた肌に心地よい目覚めであった。

遥か沖を見つめるカモメさん、そのうしろ姿を見つめる僕。
あなたは何を思っているのでしょう。
(う~ん、しゃがみ込んで水平線を入れて写せばよかった。 まだまだ、写真は素人)

深三内部

2009年から始めた個人ガイド「自然塾」が能登に来るのは初めてで、見るべきところ
知るべき事は多く、その幾つかを盛り込んだ。

泊まる宿にもこだわりを持ち、今回はちょっと変わった民宿を選んだ。
建物は能登ヒバやスギを使い柿渋を下地に漆を拭いて造られた「拭き漆の宿」である。

深三廊下

たった4部屋だけの小さな民宿だが内部は小奇麗にされていた。
磨き上げられた廊下、落ち着きのある漆の色合い。
明るい照明を使わないことが木のぬくもりをより一層深めていた。

お風呂は輪島の温泉が引かれてあり、壁も天井も拭き漆であった。
さらに桶や腰掛に至るまで漆造り、これには感動しきり。

深三夕食

さてさて、楽しみな夕食は輪島港であがった新鮮なお刺身にメバルの塩焼き、
地元能登ならではの魚カナガシラ(カサゴ似)の揚げ物など魚がメインの料理。

観光旅館のような豪華さはないが輪島漆器に盛られた料理はどれも手が込んでおり
大変おいしく頂いた。

アワビや伊勢海老がなくても旅人は満足である。その土地ならではの食べ物を
味わうのが旅の楽しみなのだから。

深三朝食

こちらは朝食、寝ぼけ眼でまずは味噌汁を口にする。 「ん?」何か違う。
味噌汁の具は日本海だけに生えるカジメという海藻だった。
能登では必ず酒粕と合わせて味噌汁にするらしい。

この粕汁風のお味噌汁も艶のあるお米も大変おいしく頂いた。
毎朝このような食事であったらずっと健康でいられるに違いない。

普段使いの輪島漆器に地元産の食材を使った飾らぬ料理。
奥能登の素朴さか、一夜の宿に感服であった。

輪島朝市

健康は食べ物だけではない体も動かさなければいけない早速、朝市へと繰り出す。
全国的にも有名な輪島の朝市、朝8時から12時までたくさんの店が軒を並べる。

買った魚や貝をその場で焼いて食べられるコーナーもあった。
朝市の賑わいに浸りじっくり食したいところではあったが、まだまだ先がある旅の人。
「中浦屋」さんの「丸ゆべし」をお土産に次の目的地へと移動。

間垣

奥能登の海まで来ることは滅多にない。少し回り道だが能登を代表する風景のひとつ
間垣を見ようと「間垣の里」まで足を伸ばした。

細く険しい峠道を越えて海に出る。海岸沿いの民家は軒先より高い竹の垣根で
囲まれていた。 日本海から吹き付ける冬の強風から家を守るための竹垣だ。

長さ約3メートルもある細いニガタケという竹を並べて造るのだとか。
閑散とした小さな漁村であるが、この風景は海と相まって美しく感じられた。

オオミスミソウ

寄り道ばかりの旅は午前11時やっと目的地「雪割草の群生地・猿山岬」に到着。
海岸沿いの斜面につけられた遊歩道を周遊すると2時間ほどかかる。

雪割草の名は園芸店などの通称であり正式にはミスミソウやスハマソウである。
両者の違いは葉の形で、葉の先が尖っているものをミスミソウ(三角草)といい
葉の先が丸いものをスハマソウ(洲浜草)という。

白花

日本海側に分布するミスミソウは花も葉も大きくオオミスミソウと分類される。

個々の花は色も様々であり花弁の枚数も形も違い、雄しべの葯の色まで違う。
オオミスミソウは個性豊かでとても麗しき花なのだ。
それゆえ交配目的で盗掘され、山には白花だけが残される悲しい花でもある。

桃色花

これまで新潟の角田山や佐渡の山でオオミスミソウを見て来たが、これだけの群落に
出会ったことはなく「すごいね」、「すごいね」の連発だった。

ひとしきり花を愛でたあとは小高い丘となった休憩ポイントでお弁当タイム。
灌木の中で展望はないが春の暖かな日差しがあれば申し分なし。

たくさんの花に囲まれ朝市で買ったおにぎりを頬張る。 お米がおいしい!!
毎回、毎回、この「自然塾」はなんて面白い遊びをしているのだろうと、
ひとりベンチに座りほくそ笑む自分がいた。

小春日和の旅 姫越山

師走ともなれば世間は何かと慌ただしい、されどひとり暮らしの僕は
何を準備するでもなく普段と変わらぬ毎日。

窓ぎわの日溜りでコタツに足を突っ込み山行計画やら調べものやら
i Pad Air とにらめっこ。

錦湾

これは三重県の南部、大紀町の錦湾。ブリの養殖で知られる小さな漁港だ。

熊野灘の沿岸はリアス式海岸で天然の良港が多くあり、小さな島々や岩礁が
美しい景色を造り出している。

先月は日本海の青葉山であったが、今月は太平洋に臨む姫越山に出掛けた。

ウバメガシ林

伊勢湾自動車道から紀勢自動車道を快適に飛ばし大紀町へ。
我が家からおよそ2時間、車を降りると直ぐに潮の香りがした。

姫越山(ひめごやま)へは津波避難所へ上がる階段が登山口となっていた。 
いきなり急登から始まる登山道、両サイドはウバメガシの林であった。

こうした暖かな沿岸地のやせ尾根にはウバメガシがよく見られる。
ウバメガシは「姥芽樫」と書く。 名前の由来は諸説あるようだが、 
芽出しの頃の若い葉が新鮮な緑ではなく茶色をしているからだとか。

ドングリ

行けども行けども見事なまでにウバメガシの純林が続き、登山道には
おびただしい数のどんぐりが落ちていた。

ウバメガシは刈り込みに強く生け垣としても使われるが、よく知られているのは
良質の炭「備長炭」になることだろう。

では、ここで備長炭にちなんだ鼻高々になる知識をふたつ。
備長炭の原木はウバメガシだけでなく少量だがアラカシなども使われるという。
そもそも備長炭とは和歌山の特有の窯で昔からの製法で生産されたものだけが
紀州備長炭と呼び原木が何であるかの規定はないそうだ。

そして、備長炭の名は紀州田辺の木炭商である中屋右衛門のに由来する。
なるほど、もともとは長右衛門さんが売っていた炭だったんだ。

アツミカンアオイ

今の季節、やせた尾根に花を見ることはほとんどない。
唯一見れたのはこの植物、アツミカンアオイ(厚身寒葵)だった。

カンアオイの葉はどれを見てもよく似ているがアツミカンアオイは
葉の葉脈に沿って凹むため直ぐにそれだとわかる。

カンアオイの花

カンアオイの花は独特である。 自身の葉に隠れ地面すれすれに花を咲かせる。
しかも目立たぬ色彩で息を潜めるように。 それにはどんな意図があるのだろう?

花粉の媒介は小さなキノコバエで、種子を運ぶのはアリだという。
アリの行動範囲は狭く種子が遠隔地に運ばれることはない。従って、カンアオイは
地域ごとに固有種が存在する。 前回の青葉山ではエチゼンカンアオイを見た。

姫越山

登山口からわずか2時間ほどで姫越山の山頂に着いた。 さほど広くない山頂
スペースであったが展望は抜群、海を見ながらお弁当タイムとした。

海辺の山は風があると寒いだろうとザックにはダウンを忍ばせてきたが
今日は出る幕無し。風はなくまさに小春日和、気持ちの良い登山となった。

芦浜と池

眼下に見える熊野灘、弧を描く海岸線が芦浜で緑に囲まれた池が芦浜池だ。
 
むかし、むかし、芦浜池は海とつながりひとつの湾であったが海流が運ぶ
砂によって砂洲が築かれ、やがて塞がってしまいできた海跡湖である。

姫越山の魅力は登山に加え、その先の芦浜と芦浜池まで巡るコースにある。
内陸部の山にはない海の展望が楽しめ、海岸線を歩く解放感も味わえる。
山頂ランチを終えるとさっそく海へと下った。

芦浜

姫越山から下ること1時間30分、意外と早く芦浜の海に出た。
人っ子ひとりいない静かな海岸が広がっていた。 

この浜に続く道路はなく、海から船で入るか僕たちのように徒歩で山を越えて
来なければならない。 それゆえ人影はなくプライベートビーチ的な浜である。

ここは中部電力が原子力発電所を計画して住民の反対により断念した場所だ。

芦浜から姫越山

白砂青松、日本の自然はこんなにも美しいではないか。
あのおぞましい原子力発電所なんていらない。 
放射能に汚染され、人が住めない場所があるなんてありえないだろ。
原発建設は天に唾吐く行為である。

絶えず聞こえる潮騒、波打ち際は砂浜ではなく小さな小さな砂利の海岸だった。
そのせいか寄せる波は小石を転がし波音が大きく感じられた。

登山靴で海岸を歩くのも不思議な感じであったが、何故か心浮き立つ自分が居た。
広い海に解き放たれた解放感か、面白い遊びをしている満足感か、何だろう。
振り向けば今、下って来た姫越山も微笑んでいるかのようであった。

ハマナツメ

この芦浜池で是非見たいものがあった。 それは希少種のハマナツメだった。
高さは3mほどの落葉低木で東海地方以西の沿岸地、湿地や海跡湖周辺に
見られる植物だ。 果実はコルク質で海流によって運ばれる。

それらしき木を探して芦浜池に近づくと池を囲むようにハマナツメがあった。
若い枝は稲妻型にジグザグと曲がり葉の付け根には鋭い刺を持っていた。

僅かに残っていた果実を見つけ手に取ると予想外に小さいものだった。
こんな小さな果実が黒潮に乗ってどこからこの地に着いたのだろう?

海跡湖

気の遠くなるような年月を経て砂洲は湖を造り、そこに安住の地を求めて
やって来たハマナツメ。 この大切な自然を壊してはならない。 

日本海側にも太平洋側にもまだまだ知らない面白い木々や草花がたくさんある。
季節を変えて来たらまた何か見られることだろう。 次回が楽しみな山となった。

秋の若狭路 青葉山

日本の各地には「○○富士」と呼ばれる美しい山容を成す山がいくつもある。
秀麗富士を愛する日本人、その思いがおらが村にも「○○富士」を生むのであろう。

中には「これが?」の疑問符がつく山もあるが、とりわけ美しい富士が若狭にある。
その名も「若狭富士」と呼ばれる青葉山はすこぶる美しい。

福井県と京都府の境にあり日本海に面してそびえ立つ。

若狭富士

11月も半ばを過ぎ里の紅葉もそろそろ終わり、日暮れも早くなり風も冷たさを増す。
されど、山から遠ざかることはない。 面白い山を見つけてきてはせっせと登る。

今回は1泊2日で○○富士と呼ばれる山を2座登る旅に出た。
「若狭富士」青葉山と福井県敦賀市にある「敦賀富士」野坂岳だ。

今年の夏に舞鶴若狭自動車道が全線開通して敦賀から小浜や舞鶴が近くなった。

青葉山

青葉山は京都府側から見ると東峰(693m)と西峰(692m)にはっきり分かれており
けして富士と呼べるような山容ではない。
しかし、福井県側から見ると双耳峰は重なり見事な三角形を成して見える。

ことに美しいのは若狭の海を手前にして見る青葉山は実に美しい。
(和田の海岸より波打ち際まで下り、寄せる波音を聞きながら撮影)

ツチグリ

青葉山の登山口は西国33観音霊場の第29番札所「松尾寺」境内の奥にある。
荒廃した竹林を抜けて雑木の山道に入ると足下に怪しげな物体を発見。

これはツチグリという秋によく見掛けるキノコ。 外皮は湿気を感じると星形に開き、
雨が降り雨粒が本体に当たると中央の口から細かい胞子を煙のように吐き出す。

雨が上がり乾燥すると外皮は再び閉じて球形となる。 良く晴れた日は風によって
転がり森を移動する。 離れた場所でまた胞子を飛ばし繁殖をするのだ。

こんなことからツチグリは「晴天の旅行者」とか「森の湿度計」とも呼ばれている。
たった2センチほどの小さなキノコ、よくこんな手法を考え出したものだと感心する。

ツクバネ

イロハモミジにウリハダカエデなど秋は紅葉する木々の葉に目を奪われがちだが
木の実も熟して赤や紫へと色を変え、その形も様々でまた面白い。

この羽根突きの羽根に似た実はビャクダン科のツクバネの実だ。
地味な色でなかなか見つけづらいが4枚の苞がユニークで茶花として使われる。

ツクバネはツガやモミなどの針葉樹の根から養分をいただく寄生植物だが
自らも葉緑体を持ち光合成をするため半寄生植物である。

大きな苞が翼となり回転することで落下速度が遅くなり、より長く空中にとどまる。
従って、わずかな風であっても種子は遠くへと運ばれる仕掛けだ。 
すべて計算された形がこれだった。

小浜西組

今回は小浜の古い街並みを歩く機会を得た。 初めて訪れる町だった。
小浜については鯖街道の起点となる町ぐらいの知識しかなかったが、
江戸時代は小浜藩がおかれ城下町として栄えた街だという。

ここ小浜西組は江戸時代の町割りの名で、かつて茶屋街があった場所である。
海岸通りより路地に入って行くと風情ある千本格子の町屋が何軒も並んでいた。

喫茶店など立ち寄れる場所はないものかと探し歩いていると、たまたま玄関先に
おられた地元の方に声をかけられ、しばらく立ち話をした。

かなり年配の女性であったが、その言葉は明らかに京言葉。
小浜は昔から若狭の海産物を京の都へと運んでいたため京都との交流が深く
京文化の影響を強く受けている土地柄であった。

料亭 酔月

この建物は明治初期に建てられたという料亭「酔月」。 栄枯盛衰は世の常、
今は人通りも少ないがかつてはこの二階の窓にも連夜のように宴の灯りが
ともっていたことだろう。

「酔月」の他にも何軒かの軒先に料亭の文字がかかる建物があった。
先ほど出会った人もこの界隈で仕事をされていた方だろうか。

京言葉の柔らかい響きだけでなく、お歳を召されても身なりはとても上品で
気品さえ感じさせ印象に残る方だった。 持論、街は人を育てる。

若狭の海に美しいシルエットを描く青葉山といい、千本格子の町並みに
暮らす人といい、今回は美しい日本を巡った旅であった。 おしまい。

季節は駆け足 雨飾山

時は休むことなく針を刻み、季節は静かに移りゆく。
夏山を追いかけていた慌ただしい時はいつしか去り、
秋風の中で紅色に染まる山を旅していた。

今年の紅葉はどこの山も早く、ここ10年ほど通っている涸沢カールも
久しぶりの火打・妙高山も訪れた時はそのピークを過ぎていた。

夏の登山は山頂へ上がることに重きを置くが、秋の登山は登る途中に見る
木々の紅葉や木の実を楽しみながら歩くことが多い。

季節を感じてゆっくり登ることが出来るのが秋の登山の特徴だろう。

ハウチワカエデ

日頃の行いとはよく言うが、この秋は出掛けた日のほとんどが晴天であった。

標高2000mに満たない中堅クラスの山でも3000m級の山に負けない眺望と
美しい紅葉が見られる山がある。
長野県と新潟県の県境にある雨飾山(1964m)がそれだ。

美しい語感の雨飾山という名前は雨乞いをしたことに由来する。
日本海に近く糸魚川の漁師は海からこの山を目印にしたという。

秋の荒菅沢

長野県側の麓、小谷村の「雨飾荘」に前泊して翌日の早朝に出発した。
朝露に濡れた落ち葉を踏み大海川(おおみがわ)沿いの森へと入る。

清澄な朝の冷気を吸い色づく木々を見ながら一歩一歩、高度を上げて行く。
このルートはブナの大樹が林立する「ぶな平」と森を抜けた「荒菅沢」が
休憩ポイントとなる。

7月になっても雪が残る荒菅沢だが、秋はすっかり融けて軽やかな沢音に
少し冷たい風が吹き渡っていた。 まだまだ先は長く、ここからが本番だ。
見上げた雨飾山は鋭い岩峰となり詩的な名前とは異なる姿を見せていた。

ナナカマドの実

雲ひとつない青空を背景にナナカマドの実は鮮烈な赤を呈し際立ってあった。
辺りにも枝いっぱいに実を付けたナナカマドがたくさん見られた。

普通、木の実は赤く熟し鳥を呼び種子を運んでもらうが、この実はなかなか熟さない。
ナナカマドの実はソルビン酸という物質を多く含み腐らずに長く保たれるのだ。

雪が降り出す季節になっても実は枝に残り、艶やかな赤に白い雪を載せた光景は
美しいコントラストを生み写真家さんたちが好む被写体となる。

オオカメノキ

小さな子供が両手を頭の上に高く掲げて遊んでいようなこの写真はオオカメノキ。
真ん中の顔のように見える膨らんだ部分は幾つもの花がぎゅっと押し込まれた花芽。
それを挟んだ左右の手は葉芽である。

オオカメノキは春早く花を咲かせるが、雪深いここでの花期は5~6月だろうか。
その間、半年以上もこの姿(裸芽)で冷たい風や雪に耐えるのである。 
生あるものは何とたくましいことか。

オオカメノキはよく見る木で誰でも知っているが、次の写真の木は何だか分かるかな?
日陰で撮ったので少々見づらいかも知れないが、これは主に日本海側の山で見られる
マルバマンサクである。

マルバマンサク

下向きに数個並んでいるのが花芽で、小さな柿の実のようなものは果実である。
少し割れて種子を覗かせている。

その後ろに見えるいが栗のようなものは虫こぶで、「マンサクノイガフシ」という
アブラムシの一種が寄生しているものだ。

マンサクの果実はとても面白く、乾燥すると破裂して種子を勢いよく飛ばす。
遠くまで種子を散布させる植物の戦略である。

果実が裂開して種子を飛ばす植物の代表にホウセンカやツリフネソウがあるが、
マンサクは強烈で広範囲に飛ばす。 一度採取して部屋で試してみるといい。

笹平より

岩菅沢からやや急な斜面となり、最後に岩場を登り詰めると平坦な「笹平」に出る。
森林限界を超え、足下は一面の笹原が広がると同時に一気に視界が開ける。

高妻山や戸隠山も視野に入り、正面に雨飾山の山頂を見ることが出来る。
登山道を行く登山者の列が小さく見えるが30分ほどで山頂だ。

眼下には空の青さと同じ青い日本海と姫川が流れる糸魚川市街が見られ、
石灰岩の青海黒姫山とロッククライミングで知られる明星山も近くにあった。

焼山

振り返れば頸城三山のひとつ焼山(2400m)が構えており、その山容はいかにも
活火山らしくゴツゴツとした岩肌をむき出しにして仁王立ちをしているようであった。 
その後方には火打山(2462m)の姿も見られた。

緑の笹原より頭ひとつ出た低木には真っ白な霧氷が付着し、それは白い花が咲き
揃ったのかと見間違うほどだった。

紅葉の雨飾山を見に来たはずだったが思わぬ光景と出会うことになった。
季節は駆け足で山に冬を連れて来ていたのだ。

雨飾・山頂

小谷の登山口より登ること4時間。 午前10時30分、雨飾山の東峰に到着した。
狭い山頂であるがどっかりと腰を下ろし、山々を眺めながら弁当タイムとした。

さほど寒さは感じられなかったが、これほどの晴天にも関わらず気温は低いのだろう。
この時間になっても山頂の石の祠に付着した霜は融けずにあった。

白馬方面

雨飾山は静岡・糸魚川構造線を挟み後立山連峰と対峙している。
何も遮るものがなく目の前に白馬岳(2932m)を望むことが出来る。

写真は中央に白馬岳、右に雪倉岳があり、左に杓子岳、白馬槍ヶ岳、五竜岳、
そして鹿島槍ヶ岳と続いている。

かつて、雨飾山でこれほどの晴天に恵まれたことはなかった。 
何度も足を運んでいなければめぐり合えない景色であろう。
 
目の覚めるような紅葉は見られなかったけれど、快晴のもとで
これだけの山々を見ることが出来れば良しとすべきではないか。
プロフィール

杉浦直樹

Author:杉浦直樹
『自然塾』塾長の杉浦直樹です。
日本自然保護協会
自然観察指導員

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