春を食す

桜の開花が待たれる京都3月25日、所用があって京都へひとり出掛けた。
ほころび始めた桜に出会えるかもしれない。
ほのかな思いはむなしく風は冷たく、桜の開花はまだ早かった。

吉田山荘1

銀閣寺より西の方向に吉田山と呼ばれるこんもりとした丘がある。
その閑静な住宅地の中にひっそりと佇む建物がある。
表の唐門をくぐれば周りとは一線を画す由緒ある建物が現れる。

吉田山荘2
この建物は昭和天皇の義弟、東伏見宮の別邸として昭和7年に建てられたもので、
現在は料理旅館「吉田山荘」として使われている。

この日は離れて暮らす家族が疎遠にならぬよう絆を深めるため
ここに会食の席を設け、やって来たのだった。

裏菊紋

総桧造りで昭和初期の和と洋が調和し、落ち着いた雰囲気の建物だった。
屋根瓦にも和紙の懐石マットにも「裏菊紋」が記され風格を漂わせていた。
天皇家の十六菊を裏から見たもので中心に萼が付けられている。

のれそれ

ここで初めて「のれそれ」なるものを頂いた。
「のれそれ」とは穴子の稚魚だという。
透き通っていて、一見イカそうめんのようだが・・・酢の物だった。
柔らかいけれど適度に弾力があり、のど越しの食感を楽しむものか。
春からが旬だとか、高知で水揚げされ四国では一般的な酒の肴だそうだ。

料理も建物に恥じない美味しさで至福のひとときだった。
別棟の喫茶室にも寄ると、2階の窓には比叡山が正面にあった。

長い歴史と文化が凝縮された京都は何度訪れても新しい発見がある。
これほど美しく、かつ魅力あふれた都市は他に無いだろう。
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1泊2日の小旅行

夏山シーズンの忙しい山旅が終わり、ひと段落する暇もなく、
秋風を肌に感じ始めると、再び旅をしてみたい衝動にかられる。

汗を掻いて登る山旅ではなくゆっくり、のんびり心を癒す旅である。
この秋1泊2日で旅したのは兵庫県の但馬・丹後地方であった。

書写山/円教寺
まずは山陽道を姫路までひた走り、西国三十三番霊場の二十七番札所である
「書写山・円教寺」に向った。ここは天台宗の寺で「西の比叡山」とも呼ばれている。
2003年の映画「ラストサムライ」のロケ地にもなった。
「摩尼殿」は京都の清水寺と同じ舞台造りで、緑の中に荘厳な建物であった。
平日でもあり、訪れる人はまばらで静かなたたずまいの中に見ることができた。

天空の城跡
次に播但連絡道路を福崎まで上がり柳田國男の生家を見た後、さらに和田山まで北上して
天空の城「竹田城址」を訪れた。
ここも黒沢映画「影武者」のロケ地になった場所である。虎が伏せているようにも見えるため
別名を「虎伏城」とも言われる。
秋から冬にかけてよく晴れた日の早朝、但馬地方は朝霧が発生する。
その雲海に浮かぶ山城はまさに天空の城を思わせると言う。
山の上は想像していた以上の広さで、かなりの規模で石垣が組まれていた。
ここを治めた山名氏はどんな人だったのだろう。 天守から何を見ていたのだろうか。

城崎温泉
片道400キロの折り返し地点は山陰の名湯「城崎温泉」に宿をとった。
川端の柳も石造りの橋も昭和初期の温泉情緒が色濃く残る湯の街である。
多くの文学者に愛された街は温泉街であってもどこかしら落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
但馬牛のステーキにしゃぶしゃぶに炙り寿司を腹いっぱい食べて、
外湯巡りをするなど至福の時を過ごした。

青龍洞

よく朝、城崎温泉から目と鼻の先にある「玄武洞」を見に行った。
来日岳の噴火により噴出されたマグマが冷却され出来た玄武岩の柱状節理が見られる場所だ。
さほど期待していなかった場所だったが、ここも想像していた以上の規模と迫力で
驚かされることになった。
「玄武洞」の他にも「青龍洞」、「白虎洞」、「北朱雀洞」、「南朱雀洞」があり、
きれいに割れた六角形の玄武岩が様々な方向に湾曲し龍が、朱雀が天に昇るようにも見られた。

コウノトリ
次は今回の旅のメインであった豊岡市の「コウノトリの郷」を訪れた。
絶滅にあったコウノトリを繁殖させ、自然に帰す試みが行われている施設だ。

コウノトリを野生に返すには餌となるドジョウやカエルが生息する農薬を使わない田んぼが
必要であり、営巣場所となる高い木が茂る深い森林が必要となる。
そのような豊かな自然環境を取り戻すには多くの人たちの理解と協力が求められ時間もかかる。

平成17年試験放鳥されたコウノトリたちはどうしているのだろう。
壮大なプロジェクトは実りつつあるのか。一度、「コウノトリの郷」を訪れてみたいと思っていた。

その感動は突然やってきた。施設に入館する前、施設の前の田んぼに何やら白い鳥が・・・
野生のコウノトリがコサギと一緒にごく普通にいたのだ。

出石/辰鼓楼
そして、但馬に来れば「出石・皿そば」を食べない訳にはいかない。
出石焼きの白磁の皿に盛られたそばを十皿たいらげた。
ここ出石も城下町、藩政時代に毎朝、辰の刻(午前8時)に太鼓を打って藩士に登城を知らせた
「辰鼓楼」は今も街の象徴として建っていた。

1泊2日の小旅行だったが、日本の文化や歴史に触れる内容盛りたくさん旅であった。
最後は宮津の天橋立に寄り、日本海の夕陽を背に帰ることにした。













プロフィール

杉浦直樹

Author:杉浦直樹
『自然塾』塾長の杉浦直樹です。
日本自然保護協会
自然観察指導員

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