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マンホールのふた②

パート①の岐阜県・郡上八幡に続いて近県の街、まずは滋賀県。

琵琶湖の東岸には彦根や長浜など歴史ある街がいくつかある。
何度訪ねても飽きないエリアで、特に近江八幡がいい。

近江商人がつちかった街で「左義長まつり」など文化も豊かだ。
描かれていたのは八幡堀と白壁の土蔵であった。

近江八幡

続いて三重県は「東海道五十三次」の47番目の宿場、関町だ。
鈴鹿峠の麓で東西の交通の要所、街並みに当時の賑わいが感じられる。

むくり屋根に瓦細工や漆喰彫刻など独特の意匠が見られる町屋が残る。
そこには三度笠に合羽をまとった旅人がいた。

関宿

愛知県に入り、これは犬山市のマンホール。
やはり、国宝犬山城と木曽川鵜飼だった。

かがり火に集まってくるアユを鵜に捕らせる古典漁法。
何と、1300年もの歴史ある伝統文化である。

犬山城

さてさて、僕の住む岡崎市はどうだろうか?

260年余り続いた武家政権、徳川幕府を創設した徳川家康誕生の地だ。
幕府の保護の下、歴史ある建造物がたくさんあると思われがちであるが
悲しいかな、太平洋戦争において米軍の空襲で建物の殆どは焼失してしまった。

「岡崎」と言えば何を連想するか? やはり八丁味噌か。
デザイン的に味噌は描きずらいだろう。
描かれていたのは岡崎城に桜と夏の花火だった。

岡崎城

岡崎市のマンホールには何種類かあって、
こちらは城のたもとまで着けたという五万石舟が描かれている。

江戸時代の大量輸送は陸上でなく海上で船が重要な交通手段だった。
矢作川の河口・三河大浜(碧南市)から城下まで帆掛け船が行き交った。
城下町岡崎は川湊(かわみなと)の街でもあった。

五万石舟

そして、もうひとつ。これは矢作川に架かる矢作橋を描いたもの。

江戸城防御のため江戸時代は大きな川に橋は架けられていなかった。
しかし当時、日本で最も長い橋が矢作川に架けられていた。

ヒノキとケヤキで造られた秀麗な橋は江戸参府の途中シーボルトが
関心を持ち母国に伝えたという。
その橋の模型はオランダ国立民族博物館に展示されている。

矢作橋

番外として海外のマンホールをひとつ紹介しよう。
これはカナダのバンフ市内にあったもの。

ふたには「WOLF・STREET」とN・W・E・Sが刻まれていた。
さすがに国立公園内の観光都市である。
通りの名前と東西南北が表示され観光客に対しての配慮が感じられる。

残念ながら日本にこのようなマンホールはまだ見たことがない。

カンダ・バンフ

円いマンホールのふたに東西南北を表示すると、ずれた場合に問題が起きる。
ふたが四角なら方向さえ間違えなければ問題はない。 しかし、ふたは円い。
では、なぜマンホールのふたは円いのか?

人(Man)が入る穴(Hall)で、マンホールだとか。
下水や通信ケーブルが埋められているため、保守点検が必要となり人が入る。

正方形や長方形のふただと不都合なのは四角の対角線が一辺より長いからだ。
四角いふたは穴の中へと落下する危険がある。しかし、円ければ落ちることがない。 
事故を未然に防ぐためにマンホールのふたは円いのだ。

そしてもうひとつ、ふたの表面にデザインが施されるのはなぜ?

それは雨の時など、ふたの上に乗った車のタイヤがスリップしないように
凹凸を付ける必要があったからだ。
マンホールに描かれたデザインは単なる意匠ではないのだ。

さて、みなさん。
自分の街のマンホールにはどんなデザインがされているか知っていますか?









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プロフィール

杉浦直樹

Author:杉浦直樹
『自然塾』塾長の杉浦直樹です。
日本自然保護協会
自然観察指導員

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