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穂高の峰々

今年はいつもより梅雨が早く明け、長く夏山を楽しめるかと喜んだが
超大型台風6号の上陸や新潟県の只見への集中豪雨などがあり、
山の天気は曇りや雨の日が多かった。

毎日、天気予報とにらめっこをしていたのは8月中旬。
ツアーガイドの合間をみて個人山行を計画していた。

上高地から北穂高岳ー涸沢岳ー奥穂高岳、そして吊り尾根を経て
前穂高岳に登り岳沢に下るルートであった。

   青き嶺 雲湧き立ちて 夏来る 横尾大橋 登山者の列

前穂の北尾根

平湯まで車で行き、「あかんだな駐車場」からシャトルバスで上高地へ。

行程表の時間を気にして歩くツアーと違い、友人とふたりののんびり山行。
時間に縛られない登山がこんなにも気楽なものかと実感する。

のんびり、のんびり梓川左岸を歩き「横尾山荘」に泊まった。
いつもは「徳沢園」を利用するが、ここも客室が改築されきれいになった。

翌日、横尾谷から本谷橋を渡り涸沢へ。 そこまでは快晴であったが、
北穂の南稜を登り出すと雲が徐々に青空を隠し始めた。 (あれ、予報と違うぞ)

昼頃、北穂高岳(3106m)に登頂するも、すでに辺りは真っ白。
ことに北側の展望は皆無で、槍ヶ岳すら見ることは出来なかった。

こんなはずでは・・・・・・・、
展望がないのを確認するや、そそくさと小屋にチェックインへ。

エゾゼミの登頂

ふと、足下を見ると、そこには先客がいた。 「こ、こんなところにセミが!!」
「よっこいしょ、やっと着いたか。」とでも言いたげなセミ君。

君の飛翔能力でここまで来るのはさぞ大変だったろう。 ご苦労さん。
君の地上での短い夏はもう終わりかい? いい夏だったかな?

このセミはエゾゼミという。 本州では山地に生息する森林性のセミだ。
アカマツ林などで「ジーーーー」と途切れのない声で鳴いている。
(僕には車のディーゼル音のように聞こえるが・・・)

北穂高小屋

久しぶりの個人山行、なぜ穂高岳連峰だったのか。
それは泊まってみたい山小屋があったからだ。

日本で9番目に高い山、標高3106mの北穂高岳の山頂直下にある小屋
「北穂高小屋」に泊まりたかった。
富士山の山小屋を除けば、一番高いところにある小屋で北穂の山頂へは
約1分で行けてしまう。

夜に小屋を抜け出し3106mの頂から星を仰いでみたかったのだ。

小屋の窓に影

     若き日の あこがれ今も 失せずして 山に登りて 友と語らう

小屋の前には涸沢を見下ろす開放的なテラスがある。 数人の山男たちがくつろいでいた。
小屋の窓にも変なおじさんたちの影が・・・・あっ、俺たちだ。

岩峰の脇にしがみつくように建つ「北穂高小屋」、スペースが無く小さな小屋だが
そのこぢんまりさがまた山小屋らしくていい。
少し古い小屋であるが、使い込み黒光りした廊下や柱には味がある。
食堂に流れるクラッシック音楽もテーブルに置かれた生花もいい感じだ。

イワツメグサをデザインした小屋のエンブレムが入ったコーヒーカップや
ソーサーも洒落ていた。
そして、何より名物の「豚の生姜焼き」がとても美味しかった。

(その夜、雲は上空を覆ったまま立ち去らず、星空を仰ぐことは出来なかった)

岩稜帯をゆく

    岩の盾 高く連なり 人拒む されど挑むは 何かあらんや

翌日も願いむなしく展望の無い朝を迎えることになった。
北アルプスの峰々を一望出来る絶好の場所であったのに・・・・、
後ろ髪を引かれる思いで小屋を後に涸沢岳へと向った。

北穂高岳から涸沢岳へは落石の多い危険箇所が連続する岩稜帯だ。

雨は降っていないものの霧で視界が悪い上に北西の風が強く吹きつけ
穂高岳山荘までの2時間は最悪のコンディションだった。

北穂高岳が9番目の高峰なら涸沢岳は8番目の高峰である。
天気が良ければ・・・・と返すがえす悔やまれる縦走路であった。

次のピークは日本で3番目の高峰、奥穂高岳(3190m)だ。
ここは毎年ツアーで来ているところ。 山頂も狭く、依然
展望が無いこともあって立ち止まりもせず前穂高岳に向った。


岳沢を下る

紀美子平まで来るとようやく眼下に上高地を見ることが出来た。
河童橋、バスターミナル、帝国ホテル、大正池がはっきりと見えた。

吊り尾根を経てここまで縦走して来たのはもうひとつ泊まりたい
小屋「岳沢ヒュッテ」があった。

平成18年の雪崩によって全壊するまでは石畳のテラスでくつろげる
小屋としてアルピニストに人気があった。
しばらく閉鎖されていたが、昨年(平成22年)に建て替えられて
名前も「岳沢小屋」として生まれ変わった。

前穂高岳から重太郎新道を下り上高地まで行ける時間はあったが
この小屋に泊まることにした。

食堂、トイレ以外の登山者が寝泊りする建物は雪崩から守るため
秋には取り壊し毎年立て直すことにしたそうだ。
したがって、宿舎は工事現場のプレハブのような造りで、少しがっかり。

岳沢からの展望

最終日、下山の時になり皮肉にも空はきれいに晴れた。
岳沢小屋から見る上高地の夜明け。 時刻は5時10分。

正面の山塊は乗鞍岳、右に朝日を浴びた焼岳、左に霞沢岳。
手前の朝霧が立ち込めた辺りが大正池である。

上高地へは2時間ほどの下り、心残りを消せぬまま何度も
岳沢を振り返りつつ河童橋へと下りた。

帰り道、ゆとりの時間でちょっと道草。 郡上八幡に寄った。

郡上八幡

郡上八幡は奥美濃の山に囲まれた歴史ある城下町。
山の湧き水が豊富で、生活水と防火用水を兼ねた水路が配され
実に落ち着いた風情ある街だ。

郡上踊りと郡上紬、そして街の中心を流れる清流吉田川に飛び込む
子供たちで知られる。

郡上八幡に生まれた男の子にとって避けて通れぬ儀式なのだろう。
橋から川面までは12m、それはビルの5階に相当する。
子供にはよほどの度胸を要するに違いない。

そうして子供たちは古里の風の中で育っていくのだ。
これも立派な文化であるように思う。

この街を訪れたのは2回目、最初の時に目にして驚いたのは街角の
至る所に歌が展示されていたことだ。

藍浴衣

ちょうど「徹夜踊り」の前日であった。安養寺前の広場には催し物の
仮説テントが張られ、いくつもの提灯が下げられていた。

いよいよ始まる祭り、人々の顔や街の空気にその意気込みが伝わってきた。
山間の静かな街が年に一度、活気を見せる時なのだろう。

「十歳も 若く見られし 藍浴衣」

瓦屋根の古い家並みと細い路地には浴衣姿がよく似合う。
美しい街の風景は人の心まで清らかにしてしまうのだろう。
この街の雰囲気に見合ういい歌だと思う。

しばらく街中を歩いた中で僕が最も気に入った歌はこれ。

ウサギリンゴ

「弁当に うさぎりんごを 入れないで 子は少年期を あの日終えにき」

母親の子供に注ぐ優しいまなざしから生まれた歌である。
うれしくもあり、寂しくもある心情がつぶさに感じ取れる。
こちらも見事のひとことである。

貴重な休みとお金と体力を使って穂高の峰々に登るも、良い天気に恵まれず
北アルプスの展望はほとんど見ることが出来なかった。

それでも北穂高小屋に泊まれたこと、風情ある郡上八幡の街並みに触れたこと、
それなりの収穫はあった。 今回もなかなかいい旅ではなかったか。

自然と文化・歴史を訪ねる「自然塾」の心髄を押さえた旅だったように思う。
















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穂高いいですねえ~

いやあ良さそうな山行ですねえ。塾長もUさんもお変わりなさそうで嬉しいです。
今年はガイド登録だけで一度しか行っていないのですが、富士山もご来光が見れたのは10日に一回程度だったそうです。

自分は八月下旬は祖母のいる福島県飯舘村から被災地を回ってきました。計画的避難区域でほぼ無人の村の中に、変わらず生きている草花や小動物を見て感極まりました。

次回はぜひ自分も誘ってやってください!それではまた。

池澤

プロフィール

杉浦直樹

Author:杉浦直樹
『自然塾』塾長の杉浦直樹です。
日本自然保護協会
自然観察指導員

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