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越後の山旅

秋の登山はやはり紅葉の綺麗な山がいい。 天高き青空に錦の山々が見たい。
栗駒山や八甲田山など、紅葉の綺麗な山は東北に多い。 
でも、さすがに東北は遠い。 車移動で足を伸ばせるのはせいぜい新潟までだ。

「そうだ、新潟に行こう!!」 どこかで聞いたフレーズだが、この秋の登山は
新潟の名峰「越後駒ケ岳」に決まった。

越後駒ケ岳は昨年の秋に登った浅草岳鬼面山コース同様に往復9時間を要する。
秋は日没が早く、下山時刻を考慮すると脚力が求められる。
同行者は昨年と同じガイド仲間3人となった。

ヤマウルシ

新潟へはいつも中央道と上信越道を使って北上して行くことが多かったが
今回は東名高速の海老名Jctから圏央道を経由して向かうことにした。

岡崎から南魚沼の小出までは約500キロ、所要時間は全線高速でおよそ6時間。
あまり馴染みのないルート、どこか道草できる面白い所はないか?
どこかに美味しい食べ物屋さんはないかとキョロキョロ。

「桐生のひもかわうどんはどうか」 何じゃ、それは。聞いたことも見たこともないぞ。
友人のその一言で急きょ高崎Jctから北関東道を桐生へと向かう。

サワフタギの実

昨今は便利な世の中となった。すぐにスマホで評判の良い店を検索して車のナビに
入れれば、いとも簡単に希望が叶えられる。

こうして全く予定していなかった桐生で「ひもかわうどん」を食べることになった。
どこまでも平坦な土地が続く関東平野をひた走り、赤城山の麓・桐生に着いたのは
ちょうどお昼12時だった。

八州

やって来たお店は「うどん 八州」、江戸時代の関東(相模、武蔵、安房、上総、下総、
常陸、上野、下野)八ヶ国を指す「関八州」から屋号を付けたのだろうか。

店は幹線道路から外れた街中にあり、地域の食堂といった感じであった。
白壁の日本家屋に、いかにもうどん屋さんらしい晒しの暖簾が似合っていた。

ひもかわうどん

メニューを見ると麺の種類は極太うどんから厚伸ばしひもかわ、薄伸ばしひもかわなど
5種類あったが、ここまで来たからには特徴のある「薄伸ばしひもかわ」にした。

どうやら付け汁で食べるらしく、肉汁、カレー汁など何種類かあり選ぶことが出来る。
季節は秋、迷うこと無くキノコ汁を選択した。

薄伸ばし

がっ、はっ、はっ ヽ(´∀`)ノ これが、うどんか!!
つるんとした食感にこの喉越しは何だ。 普通のうどんとは全く違っていた。

お揚げやキノコのたくさん入った付け汁で頂くと意外にお腹が膨れた。
これで680円とは大満足。 絶賛すべき桐生ひもかわうどん。

駒の湯

前泊したのは魚沼市の湯之谷温泉郷の最奥にある「駒の湯山荘」だ。
越後駒ケ岳の深い谷を詰めたところにあるランプの一軒宿である。

周囲に人家らしきものは一切無く、冬季は閉鎖される秘湯の宿。
湯量は豊富だが湯温が低い、ここは「長湯」という入浴法で入るとか。
源泉温度33度のぬる湯と過熱した湯に交互に浸かるのだという。

この季節、ぬる湯に長い時間浸かっているのはちょっと厳しいものがある。
温泉は少々期待外れだったが食事は期待以上の内容であった。

朱塗りの膳

朱塗りの膳に朱塗りの器、見事なまでに漆器で統一された膳である。
食前酒はマタタビ酒で黒毛和牛のユッケ、鶏のささ身の生ハムと山のご馳走があり
炭火で焼かれたイワナの塩焼きに、一品ずつ揚げるごとに運ばれてくる天ぷらなど。
電気のない山荘からこれだけの夕食は想像していなかった。

かつてこの地方の農家の人々は稲の収穫を終えると互いに労をねぎらう「田人呼び」
(とうどよび)という宴を設ける風習があったそうだ。 
機械化されない以前の農作業は過酷で村人総出の作業も多くあったに違いない。 
朱塗りの器に最高の料理を盛ってもてなし、互いの協力に感謝し絆を深めたのだろう。

こんな山奥で新潟伝統の漆器に出会うとは、山荘の心憎い演出である。
そして、朱塗りの器で頂く魚沼産コシヒカリの新米はまた格別の美味しさであった。

越後駒ケ岳

翌日、まだ朝もや煙る宿を早々に出発。 30分ほどで登山口となる枝折峠に着くが
ここも霧に包まれて遠景は望めなかった。

枝折峠はこの時季、条件が良ければ湧き立つ雲が山の稜線を越えて風下の斜面に
沿って流れる「滝雲」が見られる絶景ポイントだったが残念であった。

3時間も登るとようやく雲が切れて頭上に青空が見え、越後駒ケ岳も顔を出した。
しかし、山頂は遥か遠くあと2時間は歩かなければならない。 

行程のほとんどは尾根歩きで危険な個所は無く、眺望と紅葉を楽しむルートである。
風の強い日は苦戦するだろうが幸いにして今日は風がない。

眼下に銀山平と奥只見湖が見える。 その先は福島県、尾瀬である。
江戸時代、銀山平から駒の湯へと銀を運んだ「銀の道」も登山道と交差していた。

道標

午前6時30分から歩き始めて5時間、真紅とも緋ともいえるヤマウルシの紅葉や
鮮やかな瑠璃色の実を枝いっぱいに付けたサワフタギに励まされ、11時30分
ようやく越後駒ケ岳の山頂にたどり着いた。

2003mの頂に立つと荒沢岳、中岳、八海山が指呼の距離で見えた。
豪雪地帯の山々、いずれも鋭い岩峰をあらわに雄々しくそびえていた。

雪深き越後の山よ、また来年!!  さて、4時間かけて下るか。 (T_T)

栃尾又温泉

下山後も越後駒ケ岳の麓にある栃尾又温泉に泊まった。
ラジウム温泉として、また湯治場として有名な「自在館」だ。

湯治棟

こちらは本館の隣にある大正時代に建てられた木造3階建ての湯治棟。
う~ん、雰囲気あるなぁ、雪の季節はどんなだろう?

ここの温泉も源泉そのままのぬるい湯船と過熱された温かい湯船があり、
ぬるい湯に1時間~3時間ほど長く浸かり最後に熱い湯で温まってあがる
「長湯」という入浴で湯治をするのだとか。

本館も寛げる民芸調に造られていて、ホールには湯治場らしく将棋盤が置いてあり
何十年振りかで将棋を指し、にわか湯治客の気分を味わった。

地酒ケーキ

2泊3日の最終日は帰るのみ、帰路は長野回りで帰ることにした。
ゆっくり宿を立つと小出の町へ、この町の和菓子屋さんに立ち寄った。

魚沼の日本酒の銘柄に知る人ぞ知る「緑川」がある。 その酒蔵とタイアップして
作られたお菓子「地酒ケーキ緑川」を買いに寄ったのだ。

封を切ればほんのりと漂うお酒の香り、スポンジはきめ細かくしっとりとお酒を含み
とても美味しかった。 (笹だんごや柿の種だけが新潟土産ではないのだ)

へぎそば

国道17号から八箇峠を越えて国道117号へ入ると、そこは十日町。
ここにも素通りできない郷土色豊かな食べ物「へぎそば」がある。

そばのつなぎに布海苔を使用し独特のコシに喉越しがよく、へぎと呼ばれる器に
盛られて出される。 へぎとは剥ぐ(へぐ)の訛りだとか、杉の板を剥いだ木箱だ。

そして「手振り」あるいは「手繰り」といわれる方法で波模様に盛り付けられる。
写真のへぎそばは3.5人前、3人でもちょっと多い分量でお腹いっぱいになった。

今回も山を登りに行ったのか、温泉に浸かりに行ったのか、はたまた食べ歩きに
行ったのか、主な目的があいまいな旅となってしまった。

しかし、見知らぬ土地を旅するということはこんなものではないだろうか。
非日常に心踊らせ、様々な見聞に感動を覚えつつ、ひとつずつ思い出を重ねて
いくのだろう。 よき旅を、よき人生を歩んでいきたいものだ。

玄人好みの山

雨で二度も順延となった個人山行にやっと出掛けることが出来た。

場所は北アルプスで、針ノ木雪渓から針ノ木岳(2820m)、蓮華岳(2798m)、
北葛岳(2551m)、七倉岳(2509m)へと縦走するコースであった。

扇沢

針ノ木岳と蓮華岳はツアーでも何度かガイドをしていたが、蓮華岳から南下して
北葛岳、七倉岳へと回るルートは危険な岩場も多く、長丁場とあってツアーでは
組まれることはなかった。

未踏のコースであったこと、また北アルプスの殆どの山が展望できるコースとの
ことでかねてより画策していたのだ。

針ノ木雪渓

針ノ木雪渓は白馬大雪渓や剣沢雪渓に比べると幅は狭く融けるのも早い。
この時期は雪渓上を歩くよりも夏道を歩くことの方が多い。

ここ数日の長雨でかなりの水が出たのだろう、丸木橋は流され渡渉する箇所を
探さなければならない場面もあった。

何度も沢を渡りスノーブリッジとなった雪渓を高巻きした。

キンポウゲ

雪が残る谷では所々にミヤマキンポウゲやシナノナデシコやタテヤマウツボグサ
など、夏の花が取り残されたかのように咲いていた。

扇沢の登山口よりちょうど5時間、針ノ木峠に建つ針ノ木小屋に着いた。
2泊3日の1泊目は針ノ木岳と蓮華岳の間にあるこの山小屋になった。

針ノ木小屋

年に数回だがお客さんをお連れしない個人山行に出掛けている。
それは自分が行きたい山だったり、危険を伴う山だったり、少しマニアックな
山であることが多い。

従って、同伴者はいつもガイド仲間となる。 今回も10年来の友人とやって来た。

北葛・七倉

標高2536mにある針ノ木小屋の窓から南の山々を見るとこんな感じ (^-^)/

近景は左端に北葛岳、中央のピラミダルな山は七倉岳、そして右に船窪岳と続く。
遠景は左から餓鬼岳、唐沢岳があり、その奥に燕岳、大天井岳、さらに右へ西岳、
前穂高岳、北穂高岳、槍ヶ岳が見える。

山頂

翌朝、空荷で針ノ木岳を往復する。 背中に何も担がないと何故か違和感?
小屋から山頂まではちょうど1時間、午前7時の山頂は快晴であったが風は強く
冷たい秋の風だった。

薬師岳

針ノ木岳山頂から西を見れば剣岳、立山、龍王岳、鬼岳、獅子岳、五色ヶ原、
越中沢岳、そして薬師岳(2926m)と壮大な景色を望むことができた。

ことに薬師岳はすぐ近くにあり、金作谷カールや中央カールまではっきりと見えた。
山は雲が出ぬ午前中が勝負、再び針ノ木小屋まで戻り次の蓮華岳を目指した。

ウラシマツツジ

蓮華岳の尾根より振り返り針ノ木岳を見る。
夏はたくさんのコマクサが咲く蓮華岳、今は真っ赤に色づいたウラシマツツジが
足下にあった。 

秋口の登山は実に快適である。
夏のように額からポタポタと汗が落ちることもなく、空気は澄み眺望が利く。
山小屋も混雑することなくゆっくりと寝ることが出来る。
高山植物は無いが山を楽しみたいのなら断然、秋口がベストである。

爺・鹿島

徐々に湧き立つ白い雲は緑の谷を埋めて尾根へと迫る。
爺ヶ岳も鹿島槍ヶ岳も飲み込んでしまうのか、ふわふわと真綿のような雲だった。
その後ろには五竜岳、白馬岳も見える。

寄せる雲海

日本海に注ぐ黒部川を挟んで西側の薬師岳や立山や剣岳を立山連峰と呼び、
黒部川東側の鹿島槍ヶ岳や五竜岳や白馬岳を後立山連峰と呼ぶ。

その後立山連峰の南端に針ノ木岳と蓮華岳は位置している。
両者は針ノ木峠で東西に対峙し、蓮華岳はどっしりとした稜線を横たえている。

蓮華岳

意外と長い蓮華岳への道。 しかし、空は快晴、心も爽快、晴れて本当に良かった。

ここ一ヶ月は天気予報とにらめっこ「いつまで続くこの傘マーク?」そんな毎日だった。
ようやく3日間の晴れ間を見つけ決行する運びとなった。

自然災害と言うが、川の氾濫によって浸水被害を被った人たちもおられる中で、
その自然が造り出した壮大な景色と遊べることに感謝であった。

大下り

さてさて、今回の登山はここからが本番。
蓮華岳を一気に下る「蓮華の大下り」と呼ばれる過酷な道を進まなければならない。

まずは山頂直下のザレ場をジグザグと下る。 小石に足を取られ転倒しやすいため
絶えず足を踏ん張り、緊張を要する。
これがまた長い下りで、やっと終わったかと思うと今度は岩場の急下降が始まる。

長い鎖

ほぼ垂直のように見える岩壁にそれは、それは長~く垂らされたクサリ。
「人が小さい!!

鞍部となる北葛乗越まで標高差にして約500m下がる。
下れば登る、それが登山。 今度は北葛岳までの長い登りが始まった。

コースタイム2時間30分のところ3時間を要し北葛岳に到着となった。

岩壁

ここまでの内容はあらかじめ想像していたが、次の七倉岳は想定外だった。
北葛岳の山頂で腹ごしらえを済ませると、再び急下降することになった。

「どこまで下ろす気だ!!」と叫びたくなるほど下ろされ、また登る。
しかも岩場あり、やせ尾根ありで幾度となく繰り返されるアップダウン。

もう山頂かなと思えばまだ先があり、今度こそと思えどまだ続く尾根。
七倉岳は簡単と甘くみていた。 このアップダウンに気力も萎えヘロヘロ。
またしても30分タイムオーバーとなり、午後2時45分船窪小屋に着いた。

船窪小屋

タルチョー(チベットの五色の祈祷旗)がはためき鐘の音で宿泊者を迎える船窪小屋。
実はこのコースを選んだ理由のひとつに船窪小屋に泊まってみたかったのがあった。

ここは食事が美味しくアットホームな山小屋だと評判の良い小屋であったからだ。

ランプ

収容人数も少なく小さな小屋だが、小屋を営むご夫婦の気遣いが満載の山小屋だ。
発電設備は無く、灯りはランプのみ、それがまたほのぼのとしたかつての山小屋の
雰囲気を漂わせている。

夕食

夕食はまだ陽のある夕方5時からで料理は手の込んだものがテーブルに並んだ。

メインの天ぷらの食材はカボチャ、ナス、長芋などの野菜に加え小屋周辺の野草
トウヒレンやヤマニンジンなど。 煮物に生春巻きと、手作り感いっぱいである。

小屋は稜線にあるため水がない。 飲料水は小屋から30分離れた水場に汲みに行く。
電源がないため当然のことながら冷蔵庫もない。 食材は岩室で保存しているそうだ。

そんな悪条件の中でこれだけの食事を提供できるのは凄いとしか言いようがない。
いろんな苦労や努力があるだろうが、登山客には終始穏やかに対応をされていた。

いろり

夕食後にお茶の時間があり、宿泊者のみんなにネパールティが出された。

当日の宿泊者は14名ほど、囲炉裏を囲み宿泊者の自己紹介が行われた。
少人数の山小屋ならではの寛ぎタイム。 リピーターが多いのもうなずける。

船窪小屋までの最短コースは七倉から急登の七倉尾根を6時間かけて登ら
なければならないが毎年、小屋だけにやって来る登山者も少なくないと言う。

不動岳

翌朝、空が明るくなるにつれ小屋の前には重畳(ちょうじょう)たる山並みが現れた。
正面には不動岳(2595m)が座り、後方には水晶岳、赤牛岳、さらに奥へと薬師岳、
越中沢岳と果てしない山並みが続いていた。

この小屋の前からいったい幾つの山が見えるのだろう。 
剣岳から前穂高岳まで見渡せる山小屋はそんなにないだろう。

立山

山で最も感動するシーンに出会えるのは日の出時刻と日の入り時刻である。
自然が造り出す光と色の一大スペクタクル。 だが、数分で消えてしまう芸術作品。

この日、高瀬ダムから続く不動沢に薄いベールのような雲が漂い不動岳を包んだ。
雲は水平を保ち、まるで水をたたえているかのようでハイマツは水槽に沈んでいる
藻のようにも見えた。

水槽

今回の山行は雪渓歩きと渡渉にクサリとハシゴの連続する岩登り、
そして時代に取り残されたようなランプの山小屋に泊まる2泊3日の旅だった。

山の魅力がいっぱい詰まったコースではなかったか。
百名山ブームに惑わされない本当に山を知っている人向けのコースであろう。

久しぶりの筋肉痛もさほど苦にならず、秋風に似た爽やかな余韻を持って
七倉尾根を下った。

文化・歴史の旅

秋の長雨とはよく言われるが大抵の場合は9月中旬から10月上旬頃に続く雨を言う。
なのに今年は少し早いではないか。 8月の下旬から雨や曇天が続いた。
おかげで予定していた山行はすべて流れてしまった。

9月上旬は北穂高岳を案内する予定だったが、ここにきてまた二つの台風である。
3000m級の山に雨は危険が伴う。 登山を諦め観光へと切り替えた。

飛騨古川

今回の登山は北アルプスとあって3泊4日の日にちを組んでいた。
観光に切り替えたのはいいが4日間もどこへ行こうか。

遠方から来ていただくお客さんをがっかりさせてはいけない。
まず向かったのは「三寺参り」や「起し太鼓」で知られる飛騨古川の街だった。

瀬戸川

高山より北へ車で30分ほど行くと飛騨古川はある。
観光客でごった返す高山と違い、訪れる人は少なく静かな街歩きが出来る。

街を流れる瀬戸川は約400年前に新田開発のために造られたという。
農業用水だけでなく防火用水や流雪溝としても重要な役目を果しているが
城下町の落ち着いた風情にも一役買って、今は古川の顔にもなっている。

雲

古川の街を歩いているといつも家々の軒下に目が行く。
軒を支える腕木に木の葉や草模様が彫られ白く塗られているのだ。

これは「雲」と呼ばれる装飾で古川の大工の誇りを示す紋章である。
自分が建てた家には同じ「雲」を施すという。
それにしても木材をふんだんに使った家々が多いのに驚かされる。

四反田

高山の伝統的建物保存地区の上三之町でも街歩きをするが人ごみは好まない。
宿は少し離れた丹生川の旅館「四反田」さんに泊まった。
ここも立派な伝統民家造りの宿である。

四反田 玄関

翌日も小雨模様の空であったが、丹生川から安房トンネルを抜けて松本に出た。
次の目的地は長野・善光寺だった。

松代・武家屋敷

長野インターから僅か10分の所、ここにも静かな城下町がある。
六文銭で名高い真田幸村の松代藩だ。

雨ということもあり通りを歩く人は殆ど見られず、より一層静かな武家屋敷があった。
来年のNHK大河ドラマは「真田丸」だとか、この静けさも今だけのことであろう。

来年、大挙して訪れる観光客のうち何人の人が今から紹介する遺跡を見るだろうか?
平穏な佇まいの武家屋敷の裏山には忘れてはならない戦争の遺跡が残されている。

象山地下豪

これは太平洋戦争末期、日本軍が本土決戦に備えて極秘のうちに掘られた
「松代象山地下豪」という大本営跡である。

地下壕は見学者の安全のためヘルメット使用で一部だけの公開になっているが
想像する以上に大規模な施設である。

これには多くの朝鮮人が強制労働者として使われていた。
平和な世界が続くことを願い無料で公開されている。
日本人が見ておくべきこと、知っておくべきことがここにある。

善光寺

そろそろお昼、お勉強の後はお腹がすいた。 松代の北、小布施へと向かう。
栗の産地、小布施で外せないのは栗菓子と栗おこわ。
「桜井甘精堂」の栗わっぱ御膳をいただき、善光寺落雁を買う。

善光寺まで来るとやっと青空が顔を出した。 何日ぶりのブルースカイか!!
「食べ物にひかれて善光寺参り?」 善光寺の門前には和菓子「風月堂」がある。

玉だれ杏

長野はアンズの産地、杏を求肥で包んだ銘菓「玉だれ杏」をお店でいただく。
ばら売りがあり、なおかつお店でいただけるのが観光客には嬉しい限りである。

今宵の宿は長野の温泉を代表する渋・湯田中温泉郷にある「よろづや」さんだ。
到着するや否や早速、よろづやさん自慢の「桃山風呂」に浸かる。

脱衣所から湯船の建屋にいたるまですべてが木造であることに目を見張る。
首まで湯に沈み、手足を思い切り伸ばせば疲れがあふれる湯とともに流れて
いくようであった。

桃山風呂

3日目の朝、宿の窓から外を覗くと意外にも青空があった。
長野市民の山・飯綱山には雲がかかっていたが、志賀高原方面は晴れていた。
あわよくば笠ヶ岳か横手山に登れるかもしれない。

標高2172mの渋峠(日本国道最高地点)まで車を走らせると、やはり霧だった。
蓮池のほとりのナナカマドは僅かに色づき秋を装いつつあった。

蓮池

次の目的地は少し離れるが金沢の街を予定していた。
飯山から上越に出て北陸道を西へと向かうが、飯山にもちょっとした見どころがある。

登山者

それは「高橋まゆみ人形館」である。 
この人形作家の造る人形は何とも味わい深いものがあり、人の心を惹きつける。
お年寄りや子供の顔の表情は実に素朴で体型や仕草もよく特徴を捉えている。

さすが、唱歌「ふるさと」の生まれた土地である。 山の景色も人も郷愁を誘う。

ことじ灯篭

そして、新幹線開業で今年最も話題を集めた街・金沢にやって来た。
まずは近年、一番集客の多い美術館と言われる「金沢21世紀美術館」へ向かった。

プール

これは「スイミング・プール」と題されたトリックアートのような作品だ。
地上から見ると満水のプールのようだがプールの内部には地下から出入り出来る。

雲を測る

こちらは「雲を測る男」と題された作品。
独房で鳥類学者になった実在の囚人の言葉から発想された作品だとか。
定規を掲げる彼は何を考えて空を見ているのだろう。

夢二館

金沢での宿は市内から車で30分、金沢の奥座敷と言われる湯涌温泉に泊まった。
山間に旅館9軒ほどの小さな湯の里はかつて加賀藩・前田家のご用達湯であった。

また、美人画で知られる竹久夢二と彦乃がしばらく逗留した地でもあり
「金沢湯涌夢二館」が温泉街の中ほどに誇らしげに建っていた。

ひがし茶屋街

最終日となる4日目は金沢市内を散策することになった。
金沢観光の定番である兼六園や金沢城辺りはそこそこに
是非とも行きたかった場所は、ひがし茶屋街のお茶屋さんであった。

お茶屋

ここは国指定の重要文化財のお茶屋さん「志摩」である。
町家の造りとは異なり押し入れや間仕切りはなく、遊びを楽しむための優美さを
追求した部屋であることが伺える。

壁の色、小窓の竹格子、柱の釘隠し、襖の引手の七宝など細部にわたり
粋なしつらいを感じると同時に格式の高さも感じられた。

中庭

こじんまりとバランス良く植栽された中庭にも何故か目が留まった。
町方の社交場と言っても琴、三味線に舞と舞踊、さらに茶の湯から俳諧まで
幅広く高い教養がなければ遊ぶことが出来なかった。

そんな茶屋の一角で僕たちは立礼式(りゅうれいしき)でお抹茶をいただいた。

お茶菓子

運ばれてきたお茶菓子はツユクサをあしらったものだった。
ん?、ツユクサは夏の花ではないか、と思われるだろうがツユクサは和歌でも
秋の花として読まれることが多く、俳諧でも秋の季語とされる。
(う~ん、高い教養が求められる。) 添えられていた緑のモミジも納得である。

お抹茶

ほんのひと時、穏やかな時の流れであった。
観光客で賑わうひがし茶屋街の喧騒も、僕たちが旅の途中であることも忘れ
静かにお茶を楽しんだ。

きんつば

ここひがし茶屋街には金沢を代表する和菓子屋さんが何軒か店を構えている。
中でも「中田屋」さんのきんつばは絶品である。さほど甘くなくアズキの粒も大きく
全国に数あるきんつばの中でも一番おいしいであろう。

お茶屋 志摩

金沢など歴史ある街は古くから茶の湯の文化があり必ず老舗と言われる
和菓子屋さんが存在し、銘菓と呼ばれる和菓子が多くある。

それはご当地の素材を使った逸品であったり、名所からヒントを得た洒落た
名前のお菓子だったりする。

季節を写し、目を楽しませ、舌を喜ばせる。 そこには野趣を解する繊細な心と
職人の知恵が凝縮されている。 旅の達人ともなれば地方のそれを見逃さない。

茶屋街

出発の2日前に行き先が変更となり、急きょひねり出したプランは温泉旅行というか
和菓子行脚の旅というか確かな目的のある旅ではなかった。
しかし、日本の文化や歴史を訪ねる内容は盛りだくさんであったように思う。

走行距離も1000キロを超えて登山と変わらぬ体力を使ったが個人的には
充実の4日間であった。
果して、遠来のお客さんは満足されただろうか。

2015年 夏山

今年の夏は連日の猛暑にうんざり、日本の夏はこんなにも暑かったか。
オニヤンマを追いかけクワガタを探して遊び回っていた子供の頃、
夏休みはこんなにも暑くはなかったように思う。

地球温暖化のせいで日本列島は年々暖かくなっているのか。
はたまた、体力が衰え暑さに追いついていけなくなったのか。
う~ん、後者はあまり考えたくないなぁ。

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大人になって迎える夏はいつも山へと逃避行。
先日は3泊4日で加賀白山と西穂高岳へと出掛けた。

加賀白山と西穂高岳? 
妙な組み合わせと思われるだろうが、この二座は意外と近い距離にある。

初日は白山、別当出合から砂防新道を登り室堂山荘に泊まった。

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7月の前半は梅雨や3つ続いた台風で雨の日が多く何本かの山行が流れた。
梅雨が明けてからはずっと晴天続きで僕たち登山者たちを喜ばせている。

白山に登るのは何年ぶりだろうか。 
ガイドを始めた頃は毎年のように花の案内役を務めた。
この山は日本海に近く天候の悪い日も幾度かあった。 しかし、今日は快晴である。

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標高2450mに建つ室堂山荘より見る御嶽山。
思っていた以上に高く水蒸気が昇っていた。
自然は美しさばかりではなく怖さも潜んでいる。

そんな御嶽山を横目に白山御前峰を目指す。

DSC01582 (1)

午前7時30分、白山の最高峰・御前峰2702mの頂に立つ。
あまりの天気の良さに気を良くして登頂後もお池めぐりをする。

白山は高山植物の宝庫、ハクサンコザクラ、クルマユリ、シモツケソウなど
出会う花ひとつひとつに挨拶するかのように、じっくり見て巡った。

さて、ここでひとつお勉強。
下の2枚のクロユリの写真を見て何か気づくことはないだろうか?

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1枚目のクロユリは雌しべと雄しべを持つ両性花。
2枚目のクロユリは雄しべだけの花、気づいたかな?

2枚目の雌しべを持たない花は当然のことながら結実できない。
では、なぜ雄しべだけで花を咲かせるのだろう。

植物は自家受粉を繰り返すと繁殖力が衰える。
他の血を入れることで強くなれる。

雄しべだけの花はクロユリという種の存続のために咲いている。
自然界に無意味なことは何ひとつないのだ。

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こちらは足下に咲いていたヨツバシオガマの変種で、クシバシシオガマだ。 
花の上唇が鳥のクチバシ状に長く伸び、その部分の花色が濃いのが特徴。

動物にしても植物にしても生物には「生存」と「繁殖」という2大テーマがある。
自然界は弱肉強食の世界、まず優先されるのは生き残ること「生存」で、
次に自分の子孫を増やすこと「繁殖」が重要となる。

クチバシシオガマも他と違う形を選んだのは僕たちには想像できない
何か理由があるのだろう。

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下山は同じ道を帰らず、黒ボコ岩から観光新道を下ることにした。
駒ヶ池小屋の手前「馬のたてがみ」辺りに高山植物が多く見られるからだ。

ここにはたくさんのカライトソウ、ハクサンシャジン、タカネマツムシソウなどを
見ることが出来る。 ただし、急坂なので登りには使わないほうがいいだろう。

たくさんの花に魅了され午後2時、別当出合に無事下山した。

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白山は石川県と岐阜県の県境に位置する。 
その北側には日本屈指の山岳道路「白山白川郷ホワイトロード」が走る。
馴染みのない名前だが旧の名は「白山スーパー林道」である。
これを使えばすぐに岐阜の白川郷へと入ることが出来る。

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世界遺産である合掌造りの集落は白川郷、菅沼地区、相倉地区と主に3つある。
今回、僕たちは五箇山の相倉にある合掌造りの民宿に泊まった。

合掌造りと呼ばれる家屋はこの地方だけの形式で雪深い土地ならではの
強固な造りと生活と作業場をひとつにした合理的な建築だそうだ。

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数年前にも合掌造りの民宿に泊まったことはあったが、黒光りした太い大黒柱に
どっしりとした梁、これが釘ひとつ使わず建てられているのには驚愕であった。

囲炉裏の炭火で時間をかけて焼いたイワナは骨まで軟らかくとても美味であった。

DSC01644 (1)

翌朝、五箇山から菅沼集落に寄り高山へ、そして新穂高温泉へと移動。
ロープウェイはたった7分で僕たちを標高2156mの稜線へと運んだ。

西穂山荘

3泊目の宿・西穂山荘の朝、下界の暑さなど微塵も感じられない清々しさ。
今日も快晴、展望は言うこと無し大パノラマだ。 山の天気は晴れに限る。

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笠ヶ岳から抜戸岳さらに弓折岳までの岩稜がすぐ隣にあった。
その奥には双六岳、黒部五郎岳の姿も見られた。

南西には昨日登った白山も目にすることができ皆、感慨ひとしおであった。

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南を見れば活火山・焼岳の荒々しい山容、その後ろには所々に雪を残す
乗鞍岳が静かに横たわっていた。
東を見れば上高地の壁となる霞沢岳と六百山、真下には梓川と帝国ホテル。

重い荷物を担ぎ樹林帯を汗して登らなければならないが、ここまで来なければ
得られない清涼感、そして達成感、人は苦しくともまた山に登ることを拒まない。

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僕たちが目指す西穂独標までは小屋から展望の稜線を1時間30分。
朝の爽やかな空気を胸に壮大な北アルプスの峰々を望みつつ歩いた。

山に夏の終わりを告げる花トウヤクリンドウの彼方に西穂独標が見える。

すると、抜きつ抜かれつ僕たちと前後して歩く熟年グループがいた。
彼らの会話から長く山を登っている人たちだと推測できた。

ここは深山であるがロープウェイがあり熟年登山者でも独標までは容易に
登ることが出来る。 とても楽しそうに登られていたのが印象的だった。

スローライフと言うが、歳を重ねても自分の趣味に生きられたら最高だ。
西穂は交通の便利さ、小屋の快適さ、展望の良さ、すべてで合格点だった。

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6月の花紀行

6月は梅雨の季節、遠出を計画しようにも雨が気になりためらってしまう。
まして登山ともなれば尚更のことだ。

しかし、この雨の時季に咲く花はたくさんある。中でも八ヶ岳のツクモグサと
北岳のキタダケソウは文字通り高嶺の花でなかなか出会えない花である。

6月中旬、是非ともツクモグサを見てみたいというお客さんの依頼を受けて
八ヶ岳へと出掛けた。

お天気の神様、どうか私たちに数日の晴れ間をください!!

横岳

切なる願いが通じたのか2日間とも青空で雨合羽とは無縁の登山となった。
遠路はるばる福岡からの旅人に神様が優しく微笑んでくれたのだ。

美濃戸から南沢をたどり行者小屋を経て文三郎尾根を登る。
ハンノキの瑞々しい若葉にミネザクラの白い花が眩しく映る。

シラビソの林を抜け、中岳分岐に立ち横岳と硫黄岳を望みひと休み。

イワヒゲ

稜線の清々しい風を背に「いざ、赤岳へ」 頂上直下の岩場に差し掛かると早速、
高山帯に咲く小さな花たちの出迎えを受けた。
イワヒゲ、クモマナズナ、コメバツガザクラなどが岩の僅かな隙間に咲いていた。

クモマナズナ

そこは標高が高く風や雨や雪の影響を最も強く受ける過酷な場所だ。
そこに生きる植物はどれも葉や花を小さくしてひそやかに咲いている。

野に咲く花はよく可憐と表現されるが高山帯に咲く花たちは健気と言えよう。
葉のサイズの割に花が大きく見えるイワウメの花の直径も約1センチである。

イワウメ

他にもツガザクラ、ミネズオウ、ウラシマツツジ、ミヤマタネツケバナが
岩肌や岩陰にしがみ付くように咲く姿が見られた。

これらの高山植物もまた花期が早く、6月から7月上旬だ。 夏山シーズンが
始まる頃にはその花の盛りは過ぎている。 その理由は何故か?

彼らの暮らす岩場や稜線は山で最も早く冬がやって来る場所である。
それゆえ、早く花を咲かせ受粉しなければ雪が降り始め実を結べないからだ。

イワヒバリ

行者小屋を見下ろすイワヒバリ君。 雌雄同色なのでオスかな、メスかな?
鳥にしては珍しくメスが求愛行動をするらしい。 「イケメンは居たかな?」

6月の平日しかも午後、さすがにこの時間の赤岳山頂は貸切状態だった。
何度この頂に立ったことだろうか。 十本の指ではおさまらない。

悲しいかな、慣れで登頂にそれほどの感動はないが、その時々に見せる
雲の動きや光の色はその都度違い自然の中に身を投じる喜びを禁じ得ない。

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ツアーガイドの時はいつも「赤岳頂上山荘」に泊まっていたが個人ガイドでは
数年前から「赤岳展望荘」を利用するようになった。

赤岳山頂から少し下った標高2700mに建つ小屋だ。
稜線上にあり天水利用の小屋だが何と3~4人は入れる五右衛門風呂がある。

食事はビュッフェ方式で自分の食べられる分だけをセルフで取り、いただく。
したがって山小屋にとっては配膳の手間もなく、残飯も出ず合理的というか
とても理に適った手法である。

五衛門風呂

この時期の小屋はまだ宿泊者が少なく、食事もゆっくり寝床もゆったり取れて
五右衛門風呂にも一人のんびりと浸かることが出来た。

午後9時消灯、真夜中は満天の星空であった。
眼下には茅野の街灯りが深い闇に浮かんでいた。

翌日、小屋の廊下を騒がしく歩く足音で目が覚め、日の出の時を知らされる。
6月中旬の日の出時刻は4時30分前後、ダウンをはおり外に出る。

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東の空は徐々に明るさを増し、遥か雲海の果てに薄らと秀麗富士の姿があった。

どんなに離れた場所からであっても、誰もが識別できる山、富士山。 
この山が見えるか見えないかで登山の高揚感がたちどころに違う不思議な山だ。

ふと西に目を向けると、そこにはまだ雪の残る北アルプスの山々が雲の中から
浮かび上がり城壁のように連なっていた。

乗鞍岳、穂高岳、槍ヶ岳、大天井岳、鹿島槍ヶ岳、白馬三山とはっきり見てとれた。
朝日を受けて僅かに赤味を帯び、それはそれは美しい光景であった。

雪の穂高

いつまでも見ていたい光景であったが、これは自然が造り出す一瞬の芸術。
時は刻々と過ぎ赤味は次第に消え失せ、モルゲンロートは終わった。

午前5時30分朝食。 6時20分、ツクモグサが待つ横岳へと向かう。

ツクモグサは日本固有種で学名にnipponicaの文字が入る。
本州では白馬岳と八ヶ岳だけに自生する岳人憧れの花である。

ツクモグサ

この花は八ヶ岳でも横岳の岩稜帯だけに分布している。
しかも、西斜面の人が近づけない急な岩場に多くある。

今年はどこの山でも花の開花が早いと聞いていた。
果して、出会うことが出来るだろうか。
岩陰にも目を凝らし、幾つかのツクモグサを見つけた。

ツクモ立ち姿

岩場にある僅かな草地からすくっと立ち、その花はあった。
白く細かい毛は寒さから身を守るためであろう。
薄いクリーム色の花はすこぶる気品に満ちていた。

朝はまだ早く開花している花をなかなか見つけられなかった。
ツクモグサは太陽の光が射さないと花(萼片)を開かないのだ。

この花の写真を撮りたかったら小屋で朝寝坊をむさぼった後がいいだろう。

チョウノスケソウ

この時季、八ヶ岳に登ると必ずお目にかかる花にチョウノスケソウがある。
いかにも人名らしい名前はツクモグサ同様、人の名前から付けられた。

楕円形の小さな葉に規則正しく並ぶ凹んだ葉脈が特徴だ。
まるで小判かわらじのような面白い形をしていてよく目立つ。
分類はバラ科の矮性低木、草のように見えるが草ではなく木である。

赤岳と阿弥陀

いつも花の写真ばかりが多くて山の写真が少ないとの指摘があるため今回は
山岳風景も少し載せてみた。

この写真は横岳から南の稜線を見たところ。左が主峰・赤岳で右が阿弥陀岳、
その間に中岳、そして小さく権現岳と編笠山が黒っぽく見える。
すなわち、南八ヶ岳の五つのピークが顔を揃える絶景ポイントである。

さらに、その奥には南アルプスの仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、北岳の雄姿もある。
(デジカメでは南アルプスまで写し込まれていないのが残念)

キバナシャクナゲ

クサリとハシゴの連続する険しい横岳を抜け、なだらかな山容の硫黄岳へ向かう。
登山道脇にはキバナシャクナゲ、ウルップソウ、ハクサンイチゲも咲いていた。

稜線の景色は硫黄岳の爆裂火口を最後に、赤岩の頭から赤岳鉱泉へと下った。
梅雨の晴れ間をぬって沢山の花を見た充実の八ヶ岳登山、感謝、感謝であった。
プロフィール

杉浦直樹

Author:杉浦直樹
『自然塾』塾長の杉浦直樹です。
日本自然保護協会
自然観察指導員

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